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コメにもあるけど、コロナの初めの頃ウチの地域に客船の家族がいてさ。すごい差別やらバッシングに耐えきれずに県外に引っ越ししていったよ…普段なんともない町なんだけど、こんなにもニンゲンて醜い一面があるんだなって思ったよ
客船の家族とは??
@小倉トースト-k9g ダイヤモンド・プリンセス号ですよ
@@time9269 ご教授ありがとうございますあー、そんなことありましたね
@@小倉トースト-k9g 船内感染がすごくてしばらく缶詰め→色んな企業や会社が食料やら暇潰しグッズやらを支援してくれましたねー
こんな悲しいことが起きてたなんて、、、ハンセン病は本当は移らないのに、その当時は移ると誤解されてたんだよね。家族と引き剥がされて島に隔離されるなんて想像を絶する。
うつるだろw
感染症なんだから感染するよ。でないとそとそも患者がいない。飛沫感染、接触感染する。但し、感染力がかなり弱いので殆どの健康な大人は自然免疫で対抗出来る。感染するのは大体子供。……らしい。
ほぼ感染しないらしいけど、感染症ではあるらしい「石田三成が大谷吉継(ハンセン患者)の膿が入った茶を飲んだ」っていう話は聞いたことがあって、「三成はハンセン患者である」っていう話は聞かないから、それだけのことをしても人から人へ感染することはないということだろうけれど
感染症ですよ。今は治療法が確立していますが、第三国などでは未だに感染者がいます。
学生時代、そう遠くない日本でハンセン病患者の差別があったことを知り、静岡の神山復生記念館を訪れたことがあります。静かで美しい場所でした。悲しい記憶も辿りました。ただ、もし私が当時の人間だったら。移るか移らないか分からないという感覚でいたら、体のかたちが変わっていくハンセン病を、やはり恐れてしまうと思います。コロナ禍でも政府から発信される情報は変わりませんでしたが、その他の人々による色んな情報が錯綜しました。どうしたら正しい情報が得られるのか?最終的には、個人として感性を研ぎ澄まし、生きるために判断するしかないのだと思います。そして、常にどんな人に対しても、同じ人間として敬意を忘れてはいけないと思います。
中学生の頃に、校外学習で入所者の方とお話しさせていただきました。酷い仕打ちをされていたと知り当時とても衝撃を受けた事を覚えています。大人になり瀬戸芸ボランティア(こえび隊)としてもう一度訪れる機会がありました。青空水族館、nさんの人生という作品受付に入った時、軽い気持ちでお手伝いに入った自分を恥じましたがそれと同時にとてもとても勉強になりました。
この間ハンセン病資料館に行ってきました。小学生から高齢者までたくさんの見学者がいました。色々と考えさせられる事実がありました。
是非行きたいです 動画ありがとうございました
正しい知識、これに尽きると思う。他のコメントにもありましはが、コロナ禍でコロナにかかった人を特定しLINEで回すなど、やはり人間の本質は変わらない、と思いました。それよりもきちんとした信頼できる専門家が見解を述べるべきで(忖度しない)、RUclipsなどでガチャガチャ話すべきではない。ここの方々は復讐心を抑えて暮らしている人生😢正しい知識が必要。
コロナ病棟で働いていた時、他病棟スタッフから避けられていたことを思い出したな
ハンセンの隔離とコロナの隔離を同列に語るコメントがあって、病気への科学的な姿勢で向き合わない限りそれこそ差別が消えないっていうのに....
コロナでも初めの頃差別された人がどれだけいただろうか。近くで行方不明になった家族もいました。
犬鳴のしまのひとたちに、にてる。差別しないでほしい。同じ人間なのに、悲しい。
お婆ちゃんのお父さんがハンセン病の疑いでで隔離されたまま亡くなった話を最近話してくれる様になりました、何処に相談したら話を聞いて頂けますか教えて頂けると助かります。
東村山市にハンセン病の資料館ありますよ。そういった場所に連絡とってみるのもいいかもしれませんねー
ハンセン病の問題と一緒くたにするのは的外れかもしれないけど、入院設備のある精神科単科病院も駅から遠くの車がないと孤立した場所にあったりする。
政府が率先して差別してんだからね今もあるよね
人間がいかに醜いかを教えてくれる、素晴らしい動画。
無知から生まれた悲劇。でも、私の中に差別意識が無い何て言えない。そんな綺麗事、決して言えない。今だからみんな同情したり寄り添ったりしているけど、その時代に生きていたらどうなの❔
いやぁでも未知の脅威には隔離で戦うしかないでしょう?される側は本当に辛い思いをしたでしょうけど、しなくて壊滅したら元も子もないのよどちらにも責任が付き纏う...
いやいやいやいやいや、感染力が弱いことが分かって未知の脅威じゃなくなって、先進国でも発展途上国でもとっくに強制隔離をやめた後も、日本の医学界と厚生省はずっと強制隔離を続けてきたんですよ。そして世界の常識を全く国内に広めようとしなかった。だから強制隔離が廃止された21世紀になっても、医学的根拠のない恐怖に基づく無意味な差別が繰り返し繰り返し発生しているんですよ。そもそも日本がらい予防法を導入する1931年より前の1923年(はい、昭和より前ですね)に開催された第3回国際らい委員会で、強制隔離が有効なのは医療ケアから切り離されたホームレスだけだと指摘されてます。その委員会提言から始まる、公衆衛生向上によってらい病の制圧を目指すアプローチに背を向け続けたのが、戦前戦後の日本政府です。
RUclipsのAI判定で私のコメントが「そう思う」順表示で非表示になってしまったので、念のために再度返信します。日本がハンセン病の強制隔離を法律で定めた時点で、強制隔離が必要ないことは既に指摘されていました。海外の先進国も発展途上国も強制隔離ではなく公衆衛生向上によってハンセン病を制圧していきました。しかし、日本の医学界と厚生省だけが、戦後になっても強制隔離に固執し続けました。
日本は一度こうと決めたことは頑なに曲げようとしない頑固さが良いところであり悪いところ
@@こはるおぶざりっか で、アメリカのファイザー社はなにかみとめたのかな?タスキギー梅毒実験とかこのハンセン病問題より長期間やってたけどね
今年の10月からが怖い
なんかあるの?
コメにもあるけど、コロナの初めの頃ウチの地域に客船の家族がいてさ。
すごい差別やらバッシングに耐えきれずに県外に引っ越ししていったよ…
普段なんともない町なんだけど、こんなにもニンゲンて醜い一面があるんだなって思ったよ
客船の家族とは??
@小倉トースト-k9g ダイヤモンド・プリンセス号ですよ
@@time9269
ご教授ありがとうございます
あー、そんなことありましたね
@@小倉トースト-k9g 船内感染がすごくてしばらく缶詰め→色んな企業や会社が食料やら暇潰しグッズやらを支援してくれましたねー
こんな悲しいことが起きてたなんて、、、
ハンセン病は本当は移らないのに、その当時は移ると誤解されてたんだよね。
家族と引き剥がされて島に隔離されるなんて想像を絶する。
うつるだろw
感染症なんだから感染するよ。でないとそとそも患者がいない。飛沫感染、接触感染する。
但し、感染力がかなり弱いので殆どの健康な大人は自然免疫で対抗出来る。感染するのは大体子供。……らしい。
ほぼ感染しないらしいけど、感染症ではあるらしい
「石田三成が大谷吉継(ハンセン患者)の膿が入った茶を飲んだ」っていう話は聞いたことがあって、「三成はハンセン患者である」っていう話は聞かないから、それだけのことをしても人から人へ感染することはないということだろうけれど
感染症ですよ。今は治療法が確立していますが、第三国などでは未だに感染者がいます。
学生時代、そう遠くない日本でハンセン病患者の差別があったことを知り、静岡の神山復生記念館を訪れたことがあります。静かで美しい場所でした。悲しい記憶も辿りました。ただ、もし私が当時の人間だったら。移るか移らないか分からないという感覚でいたら、体のかたちが変わっていくハンセン病を、やはり恐れてしまうと思います。コロナ禍でも政府から発信される情報は変わりませんでしたが、その他の人々による色んな情報が錯綜しました。どうしたら正しい情報が得られるのか?最終的には、個人として感性を研ぎ澄まし、生きるために判断するしかないのだと思います。そして、常にどんな人に対しても、同じ人間として敬意を忘れてはいけないと思います。
中学生の頃に、校外学習で入所者の方とお話しさせていただきました。酷い仕打ちをされていたと知り当時とても衝撃を受けた事を覚えています。大人になり瀬戸芸ボランティア(こえび隊)としてもう一度訪れる機会がありました。青空水族館、nさんの人生という作品受付に入った時、軽い気持ちでお手伝いに入った自分を恥じましたがそれと同時にとてもとても勉強になりました。
この間ハンセン病資料館に行ってきました。小学生から高齢者までたくさんの見学者がいました。色々と考えさせられる事実がありました。
是非行きたいです 動画ありがとうございました
正しい知識、これに尽きると思う。他のコメントにもありましはが、コロナ禍でコロナにかかった人を特定しLINEで回すなど、やはり人間の本質は変わらない、と思いました。それよりもきちんとした信頼できる専門家が見解を述べるべきで(忖度しない)、RUclipsなどでガチャガチャ話すべきではない。ここの方々は復讐心を抑えて暮らしている人生😢正しい知識が必要。
コロナ病棟で働いていた時、他病棟スタッフから避けられていたことを思い出したな
ハンセンの隔離とコロナの隔離を同列に語るコメントがあって、病気への科学的な姿勢で向き合わない限りそれこそ差別が消えないっていうのに....
コロナでも初めの頃差別された人がどれだけいただろうか。
近くで行方不明になった家族もいました。
犬鳴のしまのひとたちに、にてる。差別しないでほしい。同じ人間なのに、悲しい。
お婆ちゃんのお父さんがハンセン病の疑いでで隔離されたまま亡くなった話を最近話してくれる様になりました、何処に相談したら話を聞いて頂けますか教えて頂けると助かります。
東村山市にハンセン病の資料館ありますよ。そういった場所に連絡とってみるのもいいかもしれませんねー
ハンセン病の問題と一緒くたにするのは的外れかもしれないけど、入院設備のある精神科単科病院も駅から遠くの車がないと孤立した場所にあったりする。
政府が率先して差別してんだからね
今もあるよね
人間がいかに醜いかを教えてくれる、素晴らしい動画。
無知から生まれた悲劇。
でも、私の中に差別意識が無い何て言えない。
そんな綺麗事
、決して言えない。
今だからみんな同情したり寄り添ったりしているけど、その時代に生きていたらどうなの❔
いやぁでも未知の脅威には隔離で戦うしかないでしょう?
される側は本当に辛い思いをしたでしょうけど、しなくて壊滅したら元も子もないのよ
どちらにも責任が付き纏う...
いやいやいやいやいや、感染力が弱いことが分かって未知の脅威じゃなくなって、先進国でも発展途上国でもとっくに強制隔離をやめた後も、日本の医学界と厚生省はずっと強制隔離を続けてきたんですよ。
そして世界の常識を全く国内に広めようとしなかった。
だから強制隔離が廃止された21世紀になっても、医学的根拠のない恐怖に基づく無意味な差別が繰り返し繰り返し発生しているんですよ。
そもそも日本がらい予防法を導入する1931年より前の1923年(はい、昭和より前ですね)に開催された第3回国際らい委員会で、強制隔離が有効なのは医療ケアから切り離されたホームレスだけだと指摘されてます。
その委員会提言から始まる、公衆衛生向上によってらい病の制圧を目指すアプローチに背を向け続けたのが、戦前戦後の日本政府です。
RUclipsのAI判定で私のコメントが「そう思う」順表示で非表示になってしまったので、念のために再度返信します。
日本がハンセン病の強制隔離を法律で定めた時点で、強制隔離が必要ないことは既に指摘されていました。
海外の先進国も発展途上国も強制隔離ではなく公衆衛生向上によってハンセン病を制圧していきました。
しかし、日本の医学界と厚生省だけが、戦後になっても強制隔離に固執し続けました。
日本は一度こうと決めたことは頑なに曲げようとしない頑固さが良いところであり悪いところ
@@こはるおぶざりっか で、アメリカのファイザー社はなにかみとめたのかな?
タスキギー梅毒実験とかこのハンセン病問題より長期間やってたけどね
今年の10月からが怖い
なんかあるの?